2012年

12月

30日

財(たから)宝

今日12月30日、「しののめ寺町」は本年の営業を終了しました。

雨にもかかわらず、多くのお客様にお越しいただき、夕方にじゃこ山椒と塩昆布がきっちり同時に完売! なんとも気持ちのいい一年の締めくくりでした。

 

3月に開店。生々しい話になりますが、起業にはお金がかかります。今年一年、たくさんのお金が出ていきました。入ってくる間もなく、出いていく一方は、ちと辛い(笑)。 商売をよくご存知の方からは、起業一年目で利益が出るわけはない、と異口同音に言われます。仰るとおり…、です。

 

寒空に懐も寒いばかりですが、懐のちょっと横あたり、私のハートは何故かほっくほくです。旧知の知人、起業を機に出会った方々、全国、各国からのお客様、この一年になんと多くの方に出会ったことでしょう。両手の指を何度折っても足りません。そのお一人お一人からいただいた有形無形の支え。私のハートには、溢れんばかりの金銀財宝がざっくざくです。

 

人の宝。

 

たくさんのお金が出ていきましたが、それを補って余りあるたくさんの人の宝をいただきました。ありがたくって、ありがたくって、もうこのまま死んでも本望のような…。いえいえ、まだ始まったばかり。「しののめ寺町」を一人前の店にすることが、こうした皆様へのなによりのご恩返しのはず。まだまだ死ぬわけにはいきません。

 

日々の慌ただしさに紛れ、きちんとお礼を伝えられていないことと思います。この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。

 

皆様、この一年、本当にありがとうございました。

 

 

 

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2012年

12月

24日

クリスマスだから考える

クリスマスだから考える

どうして どうして どうして

苦しんでいる人のこと

悲しんでいる人のこと

 

うちの子供たちは、幼い頃、近くの教会の付属幼稚園に通っていました。これはクリスマスに園児たちが歌っていた歌です。保護者も参加しての礼拝で、初めて聞いたときの心震える感覚は今でも忘れられません。

 

ずいぶん昔のこと、記憶違いをしているかもしれませんが、私の心にはこの歌詞が刻みつけられています。有名なクリスマスソングはたくさんありますが、私が一番に浮かべるのはこの歌です。

 

クリスマスといえばイルミネーション、きらびやかな光は心浮き立つものです。けれど私は、光がきらびやかであればあるほど心落ち着かない。何故だか切なくなってしまうのです。自分がスポットライトを浴びる場所に縁がなかったせいでしょうか。根っからの貧乏性なのでしょうか。光の向こうの闇が気になります。

 

光のただ中にいると、どこまでも光が広がっているように思います。闇のただ中にいるとどこまでも闇に閉ざされているように思います。けれど光と闇は隣り合わせ。なのに、なかなか、そのことに気づけない。どちら側にいても…。

 

世の中が幸せに満ちて見えるクリスマス。せめて、この日一日くらいは、きらびやかな光が誰の上にもあまねく照らされたらどんなにいいでしょう。

 

光の中にあっても、すぐそばに闇がたたずむこと、

闇の中にあっても、すぐそばに光が差していること、

そのことに気づきながら暮らしたいと思っています。

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2012年

12月

13日

さよちゃん

かわいい絵本が届きました。作者はさよちゃん。私が学校を卒業後、勤めていた保険会社の同期だった女性です。

 

ずいぶん昔のことですが、当時、京都支店に同期入社の女子社員は20人ほど。そのなかでも、さよちゃんは、とびきりに溌剌とした可愛い女の子でした。そんなイメージとは裏腹に、入社後まもなく発病、退社を余儀なくされました。以来、病とは縁の切れない生活だったようです。

 

だったよう…というのも、いつの間にか、さよちゃんとは疎遠になってしまい、同期の誰も、さよちゃんの近況はわからないという状況になっていました。 子育ても一段落したこのごろ、同期会が復活。さよちゃんも最近になって結婚されたとのこと、同期会にも参加すると返事があった矢先、突然、亡くなってしまいました。絵本のあとがきを書いた数日後、絵本の完成目前のことです。

 

会社のパーティーで、スタンドマイクでキャンディーズを披露したさよちゃん。入社後初めての夏、同期で出かけた白浜の保養所で、はち切れんばかりのビキニ姿を披露したさよちゃん。食べることが大好きで、なんでも「おいしい、おいしい」と言って食べていたさよちゃん。思い出されるのは二十歳の頃のさよちゃんばかり。まさに絵本の表紙に描かれた、主人公ジュリアンそのままです。

 

自分が結婚、出産としていくなかで、さよちゃんと連絡を取るのは、はばかられるような気がしていました。けれど、今思うと、それは言い訳に過ぎず、水臭いだけでした。状況はそれぞれに違っていても、付き合っていくことは出来たはずです。年相応に老けたさよちゃんにも会いたかったと悔やまれます。

 

絵本のあとがきには、家族やまわりへの感謝の言葉が述べられ、その横には青々とした双葉の挿絵が描かれています。病という理不尽な運命の中にあっても、さよちゃんは、みずみずしい心を持ち続けたんだなぁと想像します。

 

   夢を持ち続けていたら

      きっといつか叶うから

 

あとがきの最後、こう締めくくられています。

さよちゃん、ありがとう。そして、ごめんなさい。

 

 

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