2013年

7月

31日

化粧

化粧

私、もともと化粧に手間を掛けない方です。朝、出かける前、ぱぱっと塗って、ちょちょっと仕上げ、ものの5分ほどで終了です。

 

店を始めてお客様の前に出るようになり、もう少しきちんとしないといけないなぁと常々思っていました。けれど、慌ただしさに紛れ、ずっとそのまま。毎日の習慣というのはなかなか変えられないものです。

 

余裕が出来たというわけでもないのですが、これまでにも、たまには立ち寄っていたデパートの化粧品売り場を、ちょいちょい覗くようになりました。流行のメイクをした若いスタッフさんは、まさしく花のように美しい。近寄るといい香りです。気になっていることをあれこれ相談してみると、あれよあれよという間に鏡の前に。手馴れた技でメイクを施してくれます。

 

キラキラしたアイシャドウや、プルプルしたグロスなど、自分ではしたことのないものを塗ってもらい、新鮮なような落ち着かないような。それでも「お綺麗ですよ、お似合いですよ」と褒められると、まんざらでもない気に。マニュアルどおりの声掛けとわかっていても、褒められるのはやっぱり気分がいいものです。つい一つ二つ買ってみたり。

 

あとは自宅に帰るだけでも、道中なんだかウキウキ。そんな自分に、まだまだ可愛いところがあるやん、と一人突っ込み(笑)。人から見てわかるほどの変化でもないのに、おかしなものです。

 

なにがそんなに気分いいのかと考えると、化粧そのものというより、自分を大切に扱われたということなんじゃないかと思います。大事なものを扱うように優しく触れられ、丁寧に仕上げられていく。しかも褒め言葉を添えながら。わずかの時間でも、自分が愛おしい存在なんだと再認識できた気がするのです。、

 

これって、本来は自分が自分にしてやらなければいけないことなのかもしれません。いつも自分のことを気に掛けて、大切なものとして扱う。それって本当はとても大事なことなんじゃないかと思います。なのに、自分に対してはどこかぞんざいで、なにかしら無理を強いて、いつも後回しにしがち。これじゃあ、自分も浮かばれない…。

 

ほんの少し丁寧に化粧をする時間を持つことで、こうした思いもほんの少し持ちたいものだと思います。

 

化粧ひとつで、そんなことを思ったこのごろでした。

 

0 コメント

2013年

7月

21日

大黒様

大黒様

古美術品を扱う方から「お店に大黒人形を置くといいですよ」とのアドバイスをいただきました。その際、こんなエピソードを…。

 

東京のとあるお饅頭屋さん。美味しいけれど、通りから少し入った決して立地がいいとはいえない場所。にもかかわらず行列が絶えず、不思議に思っていたところ、ふと見ると、行列のお客様の背中を見下ろすように大黒人形が。

 

この方、その様を見て腑に落ちられたとのこと。その話を聞いた私も鳥肌が立ちました。商売の厳しさもよくご存知で、「こうしたお力に、あやかればいいのよ」とも言っていただきました。

 

商売をするなら、誰しもこんな繁盛店になりたいものです。いいことを聞いた、それならうちも…。そうも思いましたが、鳥肌が立ったというのは、それとは少し違う感覚でした。

 

昔話や民話には様々な神様が出てきます。福の神や貧乏神、神様とは違いますが座敷わらしや、物の怪というのでしょうか、摩訶不思議なものたちも。心掛けをよくしていたら味方になってくれ、邪な心を持つと悪さをするとか。行いの善悪の目安が、子供にもわかりやすいよう、こうしたたとえ話になったのでしょう。

 

幼い日にワクワク、ドキドキで読んだ話は、大人になっても残っているもののようです。こうした神様が、今でもいたるところにいらっしゃる気がしてなりません。 そんな私ですから、これはもう大黒様に来ていただきたくってしょうがなくなった次第です。

 

といっても、大黒人形って、どこに売っているんだか。思いついたのが「しののめ寺町」近くの家具街、夷川通りに古くから続く唐木家具のお店です。ここの大奥様、80歳を超えてなおお綺麗で、毎日元気にお店に出ておられます。うちの開店以来、ごひいきいただいていて、商売の極意や人生の機微などを、いつもユーモラスに話してくださいます。

 

さっそく訪ねて事情を話すと、「ああ、あれ」と言って、出してきてくださったのが一木造の大黒人形。木肌に年輪が浮き出て、飴色のいい艶が出ています。大きさもいい具合で、なにより表情のいいこと。申し訳ないくらいリーズナブルな価格で、一目惚れで譲っていただきました。一つ一つの家具、小物を大切に扱われ、売れた折には嫁に出す思いと話されていた大奥様、お互いに胸いっぱいの売買でした。

 

先日、大奥様がご来店、飾り棚に置かれた大黒様を見て、「ええ場所に置いていただいて」と、とても喜んでいただきました。「毎日、撫でてあげると、ますますええ艶が出まっせ」とのこと、実践しています。

 

米俵を踏みしめ、打ち出の小づちをかざした勇ましいポーズ。背中には床につかんばかりの大きな袋。お宝がいくらでも入りそうです。そして思わずこちらまで和んでしまう柔和な表情。なにもかもがめでたいこと、めでたいこと。そこに居てくださるだけで、すでにご利益いっぱいです。

 

あれやこれや、もっとご利益を、と思わないではありませんが、そう思ったが最後、大黒様はそっぽを向いてしまわれそう。欲深い心は持たないことにします。

 

ご来店の折、大黒様を見つけられたら、ぜひ撫でて差し上げてください。ご利益は一人占めするより分け合うもの、大黒様はきっとそうお望みだと思います。

 

0 コメント

2013年

7月

12日

書くひと 書かれるひと

書くひと 書かれるひと

紹介コーナーでも載せていますが、ただ今発売の雑誌「まっぷる歩く京都」で「しののめ寺町」が掲載されています。

 

少しずつですが、こうした取材を受ける機会が増えてきました。通常、カメラマンさんとライターさんの二人で来られるのが基本でしょうか。この時は若い女性のコンビでした。ライターさんが、私たちの話を一所懸命書きとめられていた姿が印象的でした。

 

というのも…、実は私、数年前に一度だけこうしたライターの仕事をさせてもらったことがあるんです。情報雑誌のラーメン店特集で、ラーメン屋さんを取材して記事を書くというものでした。

 

ラーメン店の店主といえば頑固一徹、こちらの対応が気に食わなければ怒鳴りつけられるだの、ラーメン店の取材が出来たら、あとはどんな店でも大丈夫だの、事前にずいぶん脅されました。それでも、めったにできない経験と思い、興味津々で引き受けたのでした。

 

一番初めに訪ねたのは、かなりの老舗店です。頑固親父に「とりあえず食ってみろ」なんて言われる場合も想定して、空腹で出かけたのですが、待っておられたのは結構高齢の女性でした。カウンターに出されたのはラーメンならぬアイスコーヒー、ちょっと拍子抜けし、そしてホッとしたのを覚えています。

 

雑誌の発売前だったか、直後だったか、この店の前を通りかかると、違う店名のラーメン屋さんに変わっていました。取材時に雑誌の発売予定日を聞かれ、数ヶ月先の予定であることを伝えると、「もっと早、出たらええのになぁ」とポツリと漏らされた女将さんの言葉が、妙に心に引っかかっていました。廃業に至る事情は知る由もありませんが、商売の厳しさを思い知らされた、とてもショックな出来事でした。

 

次に訪ねたのは、料理人さんが独立して始められたという店でした。確かにそんな風情のご主人で、繁忙時間が過ぎ、奥様らしき方が自転車で帰っていかれるところでした。パートさんを雇うより、そりゃあ奥様頼みだろうな、なんて思いながら後ろ姿を見送ったのですが、まさか数年後、自分も似たような立場になるとは想像もしませんでした。こちらの店は今も健在で、通りかかるたびにご夫婦のことを思い出します。

 

幸い大きなトラブルなく十数件の取材を終えました。そのなかで得た情報をもとに、個々の店の良さを精一杯表現する作業は楽しいものでした。少しずつでもこの仕事を続けられたらいいなと思いましたが、そんな甘い世界ではなかったよう。一度きりの思い出で終わってしまいました。

 

書く側の仕事は叶いませんでしたが、気づけば、書かれる側の仕事をするようになっていました。本当に先のことはわからないものです。いずれにせよ、どちらも厳しい仕事です。

 

うちに取材に来てくださった方たちに、いつまでも安心してもらえるような店でありたい。一度きりでもライターの経験のある私は、切にそう願います。

 

0 コメント