月は満ち 欠け また満ちていく

月は満ち 欠けていく

新年のご挨拶が大変遅くなりました。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

皆様、どのようなお正月を過ごされましたでしょうか。今年の抱負を胸に、意気揚々と新しい年を迎えられた方もあったことと思います。私はといいますと…。

 

なにかと懸案事項を山積みでの年越し。12月30日に仕事を終えた安堵感も束の間、夏休みの宿題をしないまま新学期を迎える小学生のように、ちょっと気の重い年明けとなってしまいました。そんななか、しきりに心に浮かぶ言葉がありました。「月は満ち、欠け、また満ちていく…」。

 

いつも元気そうやねぇ、とよく言われる私ですが、決してそんなわけはありません。日々、一喜一憂、首をうなだれかけては持ち直し、の繰り返しです。ときに、一喜一憂また一憂、なんとか持ちこたえて、次の一喜でようやく持ち直し、ということも。まれに、一喜一憂また一憂、そんでもってまた一憂、なんてことが。こうなるともう、うなだれた首を持ち上げるのは至難の業です。

 

ちょうどそんな気分だった去年の9月のこと…。閉店後、まっすぐ帰宅する気になれず、息抜きにちょっと街へ出てみました。暑さの残る土曜の夜、繁華街は人があふれ、熱気に満ちていました。久し振りに見る光景がとても新鮮で、閉塞感に少し風穴が開いたような。

 

デパートの本屋さんで、私にはちょっと高価な本を買い、食事をしていると、たまたま友人からメールが。気配を察し、有り難くも駆けつけてくれました。問わず語りに話すうちに、「しんどい~」と子供みたいに泣いてしまった私。親にも甘えないタイプの子供だったのに。ひとはいくつになっても、変われるもののようです。

 

お腹もふくれ、気持ちが落ち着いたところで、二人で地下鉄までぶらぶら歩いていると…。通り沿いの店から、賑やかな音楽が聞こえてきます。「い~や~、さぁさぁ~♪」と大きな掛け声。沖縄料理店でライブが行われているようでした。

 

歌声につられて店を覗くと、鮮やかな衣装をまとった若い女性が、声量たっぷりに、それはそれは気持ち良さそうに歌っています。ふくよかで、生命力に溢れ、まるで太陽神みたい。店先に立っておられたオーナーさんに促され、思わず店内に。

 

ライブは後半、観客も一体となって大盛り上がり。私たちもたちまち引き込まれ、一緒に立ち上がって、手を振りながら「い~や~、さぁさぁ♪」。泣いたカラスがもう笑った、状態です。

 

台風の合間を縫って、飛行機で沖縄からやって来たという、この太陽神シンガー。歌の合間に、生まれ育った沖縄のおじぃ、おばぁから聞かされてきたという話をしてくれました。

 

「いいかぁ、人生、山あり谷ありだよ。昇ったままの太陽なんてないんだよ。夜には沈み、翌朝また昇る。月は満ち、欠け、また満ちていく。潮は満ち、引いて、また満ちていく。人生も同じだよ。いいことばかりじゃない。悪いことばかりでもない。いい時も悪い時もあるんだよ」

 

私のために話してくれているの ? ! 私のために歌ってくれているの? ! 心が震え、涙が頬を伝いました。引き続いての底抜けに明るい歌声。涙が乾く間もなく、また笑顔に。泣いて笑って、忙しいカラスです。

 

そんなライブ中、思い出すのは千代さんのことでした。6年前、先が見えず、惹かれるままに一人、沖縄宮古島を訪ねた時、お世話になった民宿のおかみさんです。出会うなり、見知らぬ私を抱きしめ、滞在中もいろいろな話を聞かせてくれました(ブログ宮古島 農家民宿 津嘉山荘)。太陽神シンガーは、弱った私を遥か宮古島から案じた千代さんが、差し向けてくれたメッセンジャーだったのでは。

 

耳に心地よい沖縄訛り。体の中の波動と調和するような沖縄音楽のリズム。沖縄に行くと、地元の方から「うちなんちゅう?(沖縄のひと)」と聞かれる私。前世はきっと沖縄の人間だったんだと、常々思っていましたが、この夜、確信しました。

 

必要な時に、必要な人が現れてくれる。必要な時に、必要な言葉が届けられる。私のまわりでは、そんな奇跡がよく起こります。この日の出来事は、まるで映画のシナリオのようでした。いえいえ、本当の人生は、作りものの映画よりはるかにドラマチックなものかもしれません。

 

毎夜、月を見上げるのが好きな私、先の言葉の中でも「月は満ち、欠け、また満ちていく…」の一節が、ことのほか気に入っています。不安に立ちすくむ時、気持がふっと楽になり、一歩を踏み出す勇気が湧いてくる、素敵な言葉です。

 

簡単な一年なんてありません。簡単な人生もありません。あの夜のライブのように、まさに人生は泣き笑い。いい時も、そうでない時も「月は満ち、欠け、また満ちていく…」そう心で唱えながら、怖れず、楽しみながら、この一年を過ごしていこう。そんなことを思った、今年の幕開けでした。

 

まだまだ未熟な店、私でありますが、今年もどうぞ気長に見守ってくださいますよう、よろしくお願いします。

 

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着物

着物

店を始めて気づいたことの一つが、京都には着物を召した女性がたくさんいらっしゃる、ということでした。ここ寺町通りでも、着物姿の女性をよく見かけます。店のガラス戸越しに眺めながら、絵になるなぁと見とれることしばしば。京都の街に着物の女性はよく似合います。

 

もちろん着物でお越しのお客様もいらっしゃいます。祇園あたりでお店をされている方、茶道や芸能の関係の方、呉服屋さん…。お出かけは着物で、という方。なかには京都だから着物で来た、なんていう観光のお客様も。

 

様々な会に参加させていただくようになりましたが、やはり着物の女性は必ずいらっしゃいます。着物は洋服以上に個性が際立ち、その方の美しさが光るよう。間近に拝見し、着物にまつわるお話を伺ううちに、いつからか私も着物を着たい、と思うようになりました。

 

とはいえ時間に追われる毎日。実現は難しいと思っていたところ、素敵な知らせが届きました。手作りカバンの店(http://narrowboat.jp/)を営む友人が「着物部」なるものを発足したというのです。着物の難しい約束事は言いっこなし、気軽に着物で出かけましょう、がコンセプト。定休日がうちと同じのこのお店、開催日はいつも水曜日です。

 

私にうってつけの部活動。ふたつ返事で入部を表明。って、なんの手続きがあるわけではありませんが(笑)。さっそく去年の8月に初参加となりました。よりによって暑い盛りではありましたが、久しぶりの着物に七五三の子ども状態だった私。着物を着ているというだけで、こんなにも心浮き立つものかと驚きました。

 

私の生まれ育ったのは、着物などおおよそ馴染みのない家庭でした。成人式の振袖も、たった一日のために親に大きな出費を強いるのは心苦しくて、「いらない」の一言で片づけてしまいました。

 

結婚の際も、ただでさえ準備が大変な時。「着物はいらない」と言ったのですが、良心的にお世話くださる方もあり、和箪笥にひと通りの着物を持たせてくれることになりました。

 

そんな着物も、数回着たばかり。次男の中学の卒業式を最後に、和箪笥は開かずの扉になってしまいました。年に一、二度の防虫剤の交換のたび、親に余計な負担をかけたものだと、今でも胸が痛みます。同時に、こんな無駄な着物を揃えてもらうくらいなら、振袖一枚を誂えてもらえばよかった、という後悔の念も。

 

実のところ、たった一日の我慢と思っていたのは、私のとんでもない誤算でした。成人式に着ることのなかった振袖は、あとあとまで大きな欠落感となって、私の中に根強く残ってしまっていたのです。

 

着物部に参加するに当たり、改めて、和箪笥を開け、たとう紙を一枚一枚開いてみました。しつけ糸がついたままの着物や帯。まっさらのままの小物のあれこれ。引っ張り出しては、鏡の前で合わせてみたりして。

 

今からでも着物を楽しんでみようかな。ふと、そんな思いが湧いてきました。二十歳にはもう戻れないけれど、その年齢なりの着こなしを楽しめるのが、着物というものなんじゃないか。

 

以来、機会を見つけては、着物で出かけるようになりました。といっても、自分で着られない私。着付けは専門の方にお願いし、仁王立ちしてる間に完了、という有様ですが(笑)。

 

着物を着て撮った写真の中の私は、どれもうれしそう。置き去りにしてきた、遠い日の私が、そこにいるような。「私の中の女の子」は、いたくご機嫌のもようです(ブログ私の中の女の子)。気づけば、長年にわたり着物にまとわりついていた苦い記憶は、どこかに追いやられていました。

 

なにごとにも最適な時期というものがあります。勉強や経験、人や物との出会い…。あぁ、あの時にできていたら、と悔やむことは限りありません。が…。

 

心から渇望したものは、時を経て、形を変えて、また目の前に舞い降りてくる。

 

着終わって、鴨居に吊らされた着物を眺めながら、そんなことを思うこのごろ。まだまだ、たくさんの楽しみを見つけられそうな予感がしています。

 

生きているって、おもしろい。

 

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佐藤初女さんのこと4

佐藤初女さんのこと4

先月のこと、素敵な写真展に出かけてきました。

オザキマサキ写真展

没後1年、京都で初女さんに会う。     ギャラリーヒルゲート

 

2016年2月1日、94歳で逝去された佐藤初女さんの一周忌に合わせて、京都で開催された写真展です。佐藤初女さんとは…。青森県は岩木山の麓で、宿泊施設「森のイスキア」を主宰。来客を心づくしの手料理でもてなす一方、請われれば全国、海外、どこへでも講演に出かけられる。そういう活動に生涯を捧げられた女性です。

 

その最晩年のお姿をカメラに収められたのが、滋賀県在住のカメラマン、オザキマサキさん。日常に寄り添っての撮影。カメラの腕前はもとより、初女さんが、そのお人柄に全幅の信頼を寄せられたのであろうことは、想像に難くありません。

 

私が一人「森のイスキア」を訪ねたのは約8年前。既に人々の話題になり、なかなか予約が取れない状況のなか、本当に幸運なことでした。そこで過ごした時間、いただいたお食事は、今も大切な宝物です。(ブログ佐藤初女さんのこと3

 

この感動を誰かに伝えたいと思うことはありましたが、私のまわりで初女さんのことを知る人は少なく、中途半端な説明はかえって誤解を招くかも。そんな不安から、私一人の胸の中で大切に温めることとなりました。

 

「森のイスキア」を訪ねた時には思いもしなかったことですが、その3年後、店を開くことに。ホームぺージを作ると、折に触れてはブログに初女さんのことを書くようになりました。

 

去年のこと、初女さんと古くから親交のある方が、私のブログを見つけ、店を訪ねてくださいました。京都のお寺の奥様で、初女さんを慕う人たちを繋ぐべく尽力されているもよう。初女さんを彷彿とさせる温かい佇まいに、思わずこみ上げるものがありました。

 

以来、ご来店のたびに、初女さんの在りし日のことを伺ったり。初女さんゆかりの手土産をいただいたり。初女さんが一気に身近な存在に思えるようになりました。そうしてご案内いただいたのが、今回の写真展。出かけたのは、雪がちらつく寒い平日。にもかかわらず、会場は来訪者でいっぱいでした。

 

柔らかく、淡い色調のモノクロ写真。撮影されたのは今から2年前とのこと。初女さん、92歳。写真の中の初女さんは、私が訪ねた8年前、86歳の頃の面影を残しながらも、さらに小さくなっておられました。

 

凛とした佇まい、柔らかさ、優しさ、透明感、静けさや強さ、そしてただただ美しい…。

 

オザキマサキさんが初女さんに抱かれた印象です。初女さんを余すところなく見事に表現された言葉。まったくもって共感するばかり。90歳を超えてなお、こうも美しい女性があるでしょうか。

 

淡いモノクロ写真の中の初女さんを拝見しながら、ふと、生前よく初女さんが話されていた言葉を思い出しました。

 

透き通る瞬間…

 

野菜を煮る際、ちょうどいい頃合いになると、野菜が透き通るのだとか。その瞬間に、命の移し替えが行われるとのこと。それを見逃さないことの大切さを、講演で、著書で、よく説かれていました。(ブログ透き通る瞬間

 

あぁ、初女さんも透き通っていかれたんだなぁ、と思いました。持てる力を過不足なく使い切り、限りなく透き通って、透き通って、そうして消え入るように亡くなっていかれた。多くの人の心に「命の移し替え」をして…。

 

写真展は、空前の来訪者だったようです。知る人ぞ知る、初女さん。静かに偲ばれる中高年の方が多いのかと思いきや、初女さんのことをよくご存じない方、若い方が多かったとのこと。今まさに「初女さん」が必要とされている時代なのでは。そう思わずにはいられません。

 

今回、写真展のみならず、ゆかりの方たちで催される懇親会にもお誘いいただきました。それぞれの初女さんにまつわるエピソードを伺いながら、私はただただ夢見心地。その場に自分がいることが不思議でなりませんでした。

 

今回、全国各地で、ここ京都で、初女さんの思いを受け継いだ方たちが、様々な分野、形で活動されていることを知りました。これまで自分ひとり胸の中で温めてきた思いを、私も表現していきたい。微力ながら、発信する側になりたい。そんな思いを強くした夜でした。

 

私、なんで、こんなとこ歩いてるんやろ…

 

「森のイスキア」への一本道を歩きながら、心で呟いた言葉です。一体なにに掻き立てられて、こんなところまでやって来たのか、と。

 

8年の時を経て、答えを見つけられた気がしています。私は私の透き通る瞬間を模索しながら、進んで行こうと思います。

 

今回の写真集発売を記念したイベントが、近々、東京で開催されます。詳細は下記をご覧ください。

https://www.facebook.com/events/1870029156573351/

 

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山椒まよねーず

山椒まよねーず

ご挨拶が遅れましたが、3月16日、「しののめ寺町」は5周年を迎えることができました。ひとえにご愛顧くださっているお客様、お世話になっている皆様のお蔭です。心よりお礼申し上げます。

 

5年というと、皆さん「早いねぇ」と仰います。が、私には長い長い年月でした。「ほぼ専業主婦」から、突然、飛び込んだ商売の世界。右も左もわからないまま始まった生活は、毎日が未知の連続。文字通り、生まれたばかりの赤ん坊が、ようやく5歳になったようなもの。子供の頃、一年は途方もなく長く感じられたものです。まさにそんな時間感覚なのだと思います。

 

5年前の開店の日、5年後のことなんて全く考えられませんでした。一日を無事に終え、翌日ちゃんと店を開けられる。ただそれだけを考えて過ごしてきた毎日。気づけば5年…。積み重ねてきた年月の重みを、改めて実感しているところです。

 

ともあれ5周年は一つの節目。なにか記念になることを考えなければいけません。1周年には【じゃこ山椒】にちなみ、山椒を使ったお菓子【山椒メレンゲ】を、ご近所の洋菓子店シェ・ラ・メールさんにご考案いただきました。

 

今回は山椒を使った調味料はどうかと、日頃からお世話になっているユーサイドさん(http://u-side.co.jp/)にご相談したところ、【山椒まよねーず】ということに。長年にわたり、上質なものづくりに取り組まれている会社さんです。味と品質は間違いなし。仕上げにお洒落なラベルを貼っていただき、こんな素敵な商品が完成しました。

 

なんだか色白のべっぴんさんに見えませんか? ぽっと頬を赤らめた女の子のような。おかっぱ頭のこけしのような。とにかく可愛いこと、このうえない!

 

これまでも季節限定商品やコラボ商品というのは、いくつか試みてきましたが、今回はちょっと大掛かりな企画。実のところ、失敗に終わり、在庫をたっぷり抱えたらどうしよう、なんて不安でいっぱいでした。そんななか、実績あるユーサイドさんからいただく励ましやアドバイスは、とても心強いものでした。おかげで前向きな気持ちで進めることができました。

 

いざ販売を開始してみると、山椒とマヨネーズという斬新な組み合わせ。佃煮屋にマヨネーズというのも意外性があったのでしょうか。思いのほか興味を持っていただけたもよう。店に置くなり、人気となっています。ご購入くださったお客様が、フェイスブックやブログに載せてくださり、それをご覧になって来られるお客様も。これまでにない反応、感じたことのない動きに、驚いているところです。

 

開店から5年とはいえ、もとは40年続く店からの独立。一からの開店とはまた違った難しさに、葛藤の5年でもありました。もとの店との関係、味やサービスの違い…。比較されることは独立した店の宿命と理解しながらも、時にしんどく思うこともありました(ブログ味2)。

 

守るべきものは守りながらも、自分たちらしい店作りをしたい。唯一無二の店に育てたい。そう願いながらも、それがどういうものなのか、いまひとつ掴めずにいたのです。そこに誕生した【山椒まよねーず】。こんなことを言ってくれているような…。

 

もっと自由でいいんだよ。可能性は無限にあるんだよ。それを望むことが、即ち、唯一無二ということ。

 

もとの店と比較し、見えない枠に囚われていたのは、私自身だったのかもしれません。そうした枠を【山椒まよねーず】は、軽やかに蹴散らしてくれました。

 

大きな使命をもって生まれてきてくれた【山椒まよねーず】。愛おしくって仕方ない私。5周年記念に終わることなく、新たな定番商品になってくれたら。そう願ってやまないこのごろです。

 

「しののめ寺町」は、この先もまだ、新たな試みがいくつか待っています。今年はチャレンジの年。失敗を恐れずに、一つ一つ取り組んでいきたいと思っています。これからも気長に見守ってくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

 

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一恵ちゃん 2

今年の京都は桜の開花が遅く、開花後も肌寒い日が続いたため、例年になく長くお花見を楽しめた春でした。皆様は、どのような春を迎えておられるでしょうか。

 

「しののめ寺町」の壁に掛けられた写真も、この季節は桜。5年前の開店の年に、友人が自ら撮っては、四季に合わせて贈ってくれたものです。カメラマンは「一恵ちゃん」。アマチュアながら受賞経験豊富な実力者。私と同い年の女性です。モノクロが得意なのですが、店が明るくなるようにと、珍しくカラーで仕上げてくれました(ブログめぐる季節のなかで)。

 

彼女のグループ展が神戸であるということで、先日、出かけてきました。お互い仕事でなかなか会えず、その日もわずかな時間だけ。それでも、だからこそ、目いっぱい楽しい時間を過ごしてきました。

 

彼女と初めて会ったのは、もう十数年前、当時、通っていたテニスコートでした。といっても、いつもすれ違い。ある時、ふとしたきっかけで始めた立ち話が、とてつもない長話に(笑)。波長が合うというのは、こういうことなのでしょうか。さっそくランチの約束を。

 

数日後、気楽なレストランでの初めての会食。まず出てきたオードブルが、カラフルな野菜で彩られた一皿でした。グラスには冷えた水が。よく晴れた昼下がり、たっぷりの光が窓から射しこんでいました。

 

さぁ食べよう、という時に…。写真に熱中しているという彼女。食べるのはそっちのけで、お皿を傾け、グラスを掲げ、光の当たり具合を私に見せながら、写真には光がどんなに重要かを語り始めました。すると野菜はますます色鮮やかに、グラスについた水滴は煌めきを放って見えてきました。

 

子育て中だった頃のこと。同じくらいの年齢の女性との話題は、どうしても子供のこと、家庭内のあれこれになりがちでした。こんな話を、こんなにも一生懸命にするひとがいる…。正直なところ、主婦トークがちょっと苦手な私。驚きと感動の入り混じった思いで、目をキラキラと輝かせて語る彼女の顔に見入っていました。

 

ようやく話が一段落したところで、「こんな話をするひと、初めて!」と吹き出す私に、「こんな話をひとにしたの、初めて!」と吹き出す彼女。二人で大笑いしたあと、やっと食事が始まりました(笑)。

 

こうして仲良くなった私たち。彼女が出品する写真展には、出来る限り足を運ぶようになりました。「きれい」とか「素敵」とか、そんな言葉では表し切れない彼女の写真。ぞわぞわと掻き立てられるものがあり、見るたびに新境地を拓いていく…。あくまでも一人の鑑賞者として、私はカメラマン「一恵ちゃん」の一番のファンだと自認しています。 

 

残念ながら、転勤族の彼女は、まもなく京都をあとにし、各地を転々とすることに。何年も会えない時期もありましたが、交友は途切れることなく続き、今日まで、共に年齢を重ねてきました(ブログ一恵ちゃん)。

 

その間、一貫して写真一筋だった彼女。それに引きかえ、ああでもない、こうでもないと、模索ばかり続けてきた私。「しののめ寺町」開店を機に、遅ればせながら、やっと肩を並べられた気がしています。

 

もう年だから…、そんな言葉をよく耳にします。店を始め、決してそうではないと思うようになりました。年齢を重ねるごとに積み上げられていく経験は、何歳になっても人を成長させ、豊かにしてくれる。衰えていくものはたくさんあるけれど、それでも人は進化し続けられる。そう信じています。

 

彼女の写真を見ていると、その思いが間違いでないことを確信します。今回の写真もまた、これまでにはなかった新しい感性が吹き込まれ、新しい世界が拓かれていました。写真の向こうに、進化し続ける彼女が見えます。

 

名残を惜しみ、飛び乗った帰りの電車の中。今回の写真は、私には相当、刺激的だったのでしょうか。心の昂ぶりを抑えられずにいました。彼女は一体、どこを目指しているんだろう。どこに行きつけば満足するんだろう。そんなことを考えながら…。

 

きっと、どこまでいっても終わりはなく、いくつになっても、なにかを追い求めているんだろうな。初めてのランチの時みたいに、目をキラキラ輝かせながら。

 

私も負けないぞぉ。

 

慌ただしくて、お花見らしいお花見もできなかった今年の春。車窓から、名残の桜を眺めながら、そんなことを思った私でした。

 

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しののめ寺町

しののめ寺町

先日来、お知らせしていますが、3月16日に「しののめ寺町」は5周年を迎えることができました。当日は、思いがけずお花や祝電が届いたり、皆様から「おめでとう!」と声をかけていただいたり、とてもうれしい一日となりました。

 

そんななか、後日、こんなお祝いをいただきました。写真と見紛うばかりですが、ち密に描かれた絵です。作者は、5周年記念の【山椒まよねーず】でお世話になった「ユーサイド」の部長、深見信次さん。

 

写実的でありながら、手描きの温かみがあり、寺町通りの賑わいや空気感まで伝わってくるようです。雨風に晒されて染みのできた看板。日に焼けて色褪せた暖簾。店の佇まいが、見事に描かれています。

 

見慣れたはずの光景なのに、こうして見てみると、とても新鮮。なんだか自分の店であって、自分の店でないみたい。もはや私たちの手を離れ、店が店としてそこに存在しているような。5年は5年なりの風格というのでしょうか。ちょっと圧倒されている私がいます。

 

10年近く前、東京の美術館で不思議な絵と出会いました。残念ながら画家の名前は忘れてしまったのですが、「自画像」というタイトルだったか。画家である本人が扉を開けると、そこに自分が立っていた、という絵。狼狽している自分とは対照的に、向こうの自分は堂々として…。

 

この画家は想像ではなく、実体験を描いたんだろうな。絵そのものの記憶はおぼろげなのですが、そう思いながら見入っていたことは、よく覚えています。お祝いにいただいた絵を眺めながら、そんな古い記憶が蘇りました。

 

店を始める前、当時、寺町二条にあったギャラリーに個展を見に来たことがあります。この界隈に来ることが、あまりなかった私。案内状を頼りに、自宅から自転車で、寺町通りを南へと向かいました。

 

途中、魅力的な店が立ち並んでいて、なんて素敵な通りだろうと思いながら、自転車を止めては立ち寄り、立ち寄り。目当てのギャラリーになかなか着きません。ようやく個展を見終えた帰りは、反対側の通りの店に、また立ち寄り、立ち寄り…。

 

最後に立ち寄ったのが、今「しののめ寺町」がある場所の隣の雑貨屋さんでした。出てくると、外は薄暗がり。大慌てで自転車をこぐ羽目に。まさか何年か後に、この通りに店を構えることになるなんて、想像もしないことでした。

 

5周年と聞いて、「まだ5年 ?  ずっと前からあったような気がするわ」と言ってくださるお客様があります。私も、ふとそんな気がしたりして。

 

この絵を眺めていると、一見の客として、引き戸を開け、店に入っていってしまいそうな錯覚に陥ります。個展を見に来たあの時、「しののめ寺町」が既にここにあったとしたら…。惹き込まれるように、この店に入り、そうしてそこで、私は私と出会っていたかも。

 

そんな妄想を掻き立ててくれるこの絵、不思議な力を持った絵だなぁと思います。きっと深見部長が、建物のみならず、そこに漂う全てを描き切ってくださったからでしょう。心を込めて…。

 

この絵、店内の正面に飾っております。ご来店の折には、ぜひゆっくりご覧になってください。

 

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イリーナ・メジューエワさんのこと4

先日のこと、イリーナ・メジューエワさんのピアノリサイタルに出かけてきました。京都コンサートホールで、夜7時の開演。仕事帰りにも出かけやすい、私にはありがたい場所と時間です。

 

イリーナさんのことは、このブログでもたびたび書いています。「しののめ寺町」開店当初から、日本人のご主人様とよくご来店いただいている、大切なお客様です。お生まれはロシア。今年は、日本でのコンサートデビュー20周年の記念の年に当たられるのだとか。

 

クラッシックには全く馴染みのなかった私ですが、イリーナさんのリサイタルは特別。初めて出かけた時の感動が忘れられず、京都コンサートホールでのリサイタルは、年に一度の私の恒例行事になりました。(ブログイリーナ・メジューエワさんのこと3

 

ところで、月が大好きな私。なかでも鋭利に尖った三日月が、日を追うごとに膨らみを増し、やがて丸々とした満月になっていく…。その過程を見るのが、最近のお気に入りです(ブログ三日月)。

 

そろそろかなと思っていたところ、ちょうどリサイタルの日が満月に当たることを知りました。しかも、赤みがかった月。「ストロベリームーン」と呼ばれるのだとか。これはもうテンションが上がらない訳はありません。

 

いつにも増して高揚する気持ちで待つ開演。舞台に現れたのは、なんと赤いロングドレスのイリーナさんでした。これまでシックな色合いのドレスを召したイリーナさんしか知らなかった私は、驚いてしまいました。

 

スポットライトが当たると、白い肌が赤いドレスに照り返り、ますます透き通って見えます。艶のある栗色の髪。時々、キラリと光る髪飾り…。ただただ美しい。

 

今回の演目はベートーヴェン。華奢なお姿からは想像もつかない力強い演奏には、いつもながら驚くばかりです。幾重にも折り重なった深い音色は、時に激しく、時に優しく。心揺さぶられていきます。そして、私の中にいつもとは違う感覚が…。

 

あぁ、円熟していかれているんだな。芸術家として、人として、女性として。

 

音楽的なことはわからない私。あでやかな赤いドレスに、そう感じただけだったでしょうか。いえいえ、決してそれだけではなかったと思います。

 

おそらくは…、演奏は人そのもの。年齢を重ねるごとに、技術はもとより、その人となりも成熟し、女性であれば、女性としての成熟もまた加わっていくのでは。可愛らしさの残る女性が、大人の女性へと変容していかれる。その過程を、ピアノ演奏という形で味わえるというのはまた、芸術の醍醐味かもしれません。

 

まさに三日月が、日を追うごとに満月になっていくよう。熱い拍手に応え、赤いドレスで舞台に立つイリーナさんは、その夜の月の化身のようでした。

 

魅力的に生きる女性、素敵に年齢を重ねる女性は、年齢の上下を問わず、私の永遠の憧れです。イリーナさんの演奏に惹かれるのは、きっとそのせいです。そんなイリーナさんの演奏に、魂を突き動かされ、ここに自分の魂があるのだと実感したリサイタでした。

 

興奮冷めやらぬまま外に出ると、府立植物園の上、高い空に小さな満月。赤くは見えませんが、カメラをズームにして覗くと、月のまわりに赤い粒子が飛んでいました。コンサートホールから自宅まで、10分ほどの夜の散歩。何度も何度も月を見上げて帰りました。

 

翌日、早速ご夫婦で来店くださり、私の感想を拙い言葉でお伝えしました。すると、話は日本の伝統芸能に及びました。例えば、日本舞踊…。年齢を重ねるごとに高められていく芸は、日本ならではの奥深さにあるのかも、などと。

 

確かに舞いの立ち姿には、ご高齢になってなお、圧倒されるばかりの美しさがあります。日本でのコンサートデビューから20年。イリーナさんの魂は、もはや日本人なのではと思ったりして。

 

才能に恵まれ、自分の魂と向き合い、過酷な修練を積まれる芸術の世界。私には想像もつきません。が、私は私の魂に向き合って、私なりの修練を積む生き方をしていきたい。

 

赤い満月のパワーに触発されたのでしょうか、ちょっと艶っぽい、ドラマチックなリサイタルの夜となりました。

 

間(ま)

間(ま)
間(ま)

店を始めて大きく変わったことの一つが、自由に動ける時間がめっきり減ったことです。開店時間中はもちろん、準備と片づけの時間、通勤時間を合わせると、一日の大半を店で過ごす毎日となりました。

 

休日は自由な時間かというと、そうはいきません。普段できない用事が山積み。あと欠かせないのが、心と体のメンテナンス。私にとって休日は、休み明けの一週間を心身ともに元気で、つつがなく過ごせるための準備の日、という位置づけです。

 

本当は、もっとしたいことがあるんやけどなぁ。って、心の中でぽそりと小さな声。行きたい場所、会いたい人、観たいもの、聴きたいこと…。あと、なぁんにも考えずに、ただぼんやり過ごせる時間…。

 

妄想をし出すとキリがありません(笑)。たまに一つ二つ叶う日があるのを楽しみに、たいていは、A地点で一つ用事をこなして、次のB地点へ移動。それが済んだらC地点…。あっという間に夕方で、あとは自宅で家事三昧。なんていうのが、開店以来の私の休日パターンです。

 

それでも、近頃、少し変わったなと思うことがあります。今までなら、寸暇を惜しんで立て続けに用事をこなしていたところを、移動の合間、軽くでもきちんと食事を取ったり。たとえ30分でもカフェでお茶をしたり。そういうことができるようになりました。

 

間(ま)を取れるようになったということでしょうか。

 

自分の体力気力の限界がわからず、全力疾走しては倒れ込むパターンを繰り返してきた私。それでは持たないと、ようやく学習効果が出てきた模様です。(ブログユルスナールの靴2

 

先月のある休日。早朝から気の重い用事がありました。昼過ぎにようやく終了。急いで帰宅し、手つかずの用事を片づけねば、と焦る思い。でも、それだけで休日が終わっては味気ない。少し歩いて、川沿いのカフェで遅めのランチを取ることにしました。

 

窓辺に席を取ると、大きな窓から青い空、白い雲、川辺の豊かな緑が見えます。そのまわりを鳥が飛び交い、想像力を膨らませると、ここは高原のカフェかと。木々が風にそよぎ、見えないはずの風が見え、聞こえないはずの風の音が聞こえてくるような。

 

窓という額縁の中の、私だけの小さな宇宙。

 

そこだけ時間が止まっているみたい。朝からの慌ただしさ、沈む気持ちがたちまちリセットされ、軽い心で帰路につくことができました。もったいないと削っていた時間を、間(ま)に当てるようになって、かえってあとの効率が良くなったように思います。

 

ある時は、ビル街のカフェで、中庭の木々が青々と日に照りかえるのを眺めて。ある時は、和風の喫茶で、坪庭の緑が、葉先に雨滴をたたえているのを眺めて…。なんでもない日常にも、キラキラしたものが散りばめられているんだなぁ、なんて思うひととき。こんなわずかな時間が、とても愛おしく思えるようになりました。

 

思えば、店を始める前「ほぼ専業主婦」だった頃、十分な時間を持て余し、その中にどう身を置いていいのかわからずに、立ちすくんでいたように思います。店を始めて、自由になる時間は減りましたが、代わりに、短いながらもとても贅沢な時間を手に入れたような。私は断然、こちらの方が性に合っているみたいです。

 

心急く時こそ、ゆったりと。心沈む時こそ、ご機嫌に。間(ま)をうまく取り入れて、いい時間の過ごし方をしていきたい。そんなことを思うこのごろです。

 

ムーンリバー

先月のこと、友人のジャズライブに出かけてきました。mikiyoさん、アマチュアながら相当の実力者です。初めて出かけたのは4年前でしょうか。たちまちファンになり、以来、案内をいただくたびに出かけるようになりました。

 

ライブで歌われる曲はどれも素晴らしいのですが、いつも、ひときわ魂の奥深くに届く一曲があります。1度目は「calling you」。2度目は「明日に架ける橋」。その時の私の置かれた状況や、心理状態とリンクするのでしょうか。とても暗示的で、霊的でさえあったことを覚えています。(ブログ明日に架ける橋

 

今回、事前に曲のリストをいただいていたのですが、その中に「ムーンリバー」がありました。オードリーへプバーン主演の映画「ティファニーで朝食を」で有名な、言わずと知れた名曲。出かける前から、ちょっと気になる一曲でした。

 

mikiyoさん、歌だけでなく、話もお上手。なかでも曲紹介は、英詞を和訳しただけでなく、彼女なりの解釈が、なんだかいいんですよね。そのまま主人公の気持ちになり切って、歌の世界に入っていけます。時に恋する乙女だったり、時に老練な女性だったり(笑)。

 

さて、いよいよ「ムーンリバー」、まずは曲紹介。映画のイメージから、甘いセンチメンタルな歌かと思いきや、とても壮大な歌詞であることに驚きました。虹の向こうの夢を叶えるため、この広い川を渡っていくわ、みたいな。抽象的な表現が、聴き手の想像力をふくらませ、様々なシーンに置き換えられそうです。

 

ここで突然、今日はお店を開いて5周年を迎えた方が来てくださっています、って話し出されて…。紆余曲折あったであろう5年間。その間、がんばってこられた、そんな姿を思い浮かべながら歌います…、なんて。私のことじゃないの ? ! って、もうビックリ。

 

そうそう、私は虹の向こうの夢を叶えたい。まだ遥か彼方だけれど、そのために、今、大きな川を渡っているんだなぁ。mikiyoさんの切なくも力強い歌声を聴きながら、熱いものがこみ上げてきました。

 

mikiyoさんのサプライズな演出はラストにも。ライブ終了後のアンコール。その日の演目から、もう一度聴きたい曲をリクエストするのがmikiyoさん流なのですが、なんと私にご指名が。

 

もちろん「ムーンリバー!」と答えたいところですが…。会場にはmikiyoさんの親しいお友達がたくさん。知り合って間もない、しかもジャズに全く詳しくない、そんな私がリクエストするなんて畏れ多いこと。「いえいえ、そんな…。皆さんのご意見を、どうぞ。あわわ、あわわ…」なんて、しどろもどろになってしまいました。

 

で、ご指名は次の方に。それが、たまたま私の隣の女性でした。その方も突然のことに決めかねて、私に「どうしましょう?」と。そこで、私、「ムーンリバーは?」と誘導したりなんかして(笑)。で、アンコール曲はめでたく「ムーンリバー」と相成りました。

 

が、実のところ、二度目の「ムーンリバー」は、私にはちょっとほろ苦く聴こえました。この顛末、いかにも私らしい。思いを素直に前面に出せなくて、なぜか、いつも引いてしまう。決意を力強く歌い上げる「ムーンリバー」の主人公とは正反対じゃないか、と。

 

実はこの日、もう一つ、似たようなことがありました。会場に早めに着けたので、カウンターはまだどこも空席。ステージと垂直に位置するカウンターは、一番前の席がいいことは、よくわかっていました。大好きなmikiyoさんのライブ、当然、最前席で見たいものです。

 

なのに、なんだか晴れがましくって、わざわざ3番目の席に座ったのでした。そこが、ちょうどクーラーの吹き出し口の下で、体は冷えていくばかり。せっかくの素敵なライブを聴きながら、心の中では、素直に最前席に座らなかった自分を悔いる気持ちがもやもやと。

 

私って、ほんと、どうして、いつも、こうなんだか…。

 

店を始めてからは、そんな私を見かねて、いろいろな方が、手を差し伸べてくださるようになりました。気づけば願いが、ひとつ、またひとつと叶い、そうして迎えられた5周年だったのだと思います。

 

私の虹の彼方の夢…、「しののめ寺町」を一人前の店にすること。

 

それを叶えたければ、思いを前面に出していかないといけないよ。言葉にしなければ伝わらない。まず目の前の小さな川を、自分の足で超えてごらん。勇気を出して…。二度目に聴く「ムーンリバー」に、そう諭されている気がしました。 

 

ところで、主演のオードリーへプバーン。晩年のユニセフでの活動も有名なところです。化粧っ気のない、皺の刻まれた顔を見た時は、正直、少し驚きました。けれど、気品と、凛とした美しさは、若い頃と変わらないようにも見えます。

 

改めて調べてみると、美しい容姿と華やかな経歴の向こうに、過酷な体験やコンプレックスを抱えていたとのこと。「ムーンリバー」を歌う若き日のオードリー。その頃、虹の彼方に夢見ていたものを、ちゃんと叶えられた人生だったのかも。なんて思いを馳せてみたりして。

 

mikiyoさんのライブはやっぱり不思議。その歌声は、私の人生の局面局面に、まるで天からのメッセージのように届きます。ライブが終わるといつも「私のために歌ってくれたの?」なんて、冗談交じりで聞いていたものですが、今回、確信しました(笑)。

 

これからも、ひととして、女性として、シンガーとして、ますます磨きをかけていかれるであろうmikiyoさん。その歌声に触発されながら、私の人生も実りあるものにしていきたい。それが私のもう一つの夢です。

 

8月21日(月)から25日(金)まで夏季休業とさせていただきます。お間違えのないよう、よろしくお願い申し上げます。

 

瓶の中

瓶の中

大切にしている本があります。女優、高峰秀子さんの随筆集「瓶(びん)の中」。ちょうど一年前、仕事帰りに繁華街をぶらぶらした折、たまたま立ち寄ったデパートの本売り場で見つけました。

 

作者名とタイトルに惹かれ、思わず手に取り。ぱらぱら拾い読みして、たちまち魅了され。けれど、私にはちょっと高価で、一旦は棚に戻し。でもやっぱり気になって、舞い戻り。実はその時、へこみにへこんでいた私。少しでも慰めになるならと、思い切って買った一冊です。(ブログ月は満ち 欠け また満ちていく

 

女優、高峰秀子さんのことを、若い方はご存知でしょうか? 数年前に亡くなられましたが、昭和を代表する映画女優さんです。私も映画を観たたことはないのですが、たまたま彼女について書かれた本を読み、そのひととなりに惹かれてしまいました。

 

女優業の傍ら文筆業もされていることを知り、さっそく著書を読んでみました。恵まれた美貌と才能。けれど華やかな表舞台の陰には、過酷な暮らしがあったようです。そんな狭間にあっても、決して自分を見失わない、聡明さと茶目っ気。女優である前に、まず人として素敵な方だなぁと思いました。

 

ずいぶん以前に、関東に住む友人が、とある喫茶店で、高峰秀子さんを見かけたそうです。入ってこられると、カウンターに腰かけ、しばし過ごして出て行かれたとか。その一連の所作が、それはそれは美しかったと話してくれました。内面は立ち居振る舞いに表れるものなのだと、至極、納得したことを覚えています。 いつからか、高峰秀子さんは私の憧れの女性となりました。

 

タイトルに惹かれたというのには、こんな訳があります。以前のブログで書きましたが(ブログストック)、私の心の中には一本の瓶がありまして。口が狭くて、背が高くて、半透明。ちょうどワインの瓶のような。中には、なにやら液体が入っています。適量だといいのですが、時に枯渇したり、時に溢れたり。心の状態そのままに増減し、私に伝えてくれます。

 

私にとって瓶は、なにやら意味深く、謎めいたもの。「瓶の中」なんてあると、覗いてみたくて仕方ありません。ましてやそれが、憧れの高峰秀子さんの「瓶の中」であれば、なおさらです。

 

この本では「暮らしの楽しみ」という章で、ふだん使われているお気に入りのものが、写真と文章で紹介されています。鏡や時計、文鎮や飾り棚、お香や紅入れ…。日用品というには、あまりに趣のあるものばかり。古い写真のせいでしょうか、色調が時代がかっているところがまた、えもいわれずいい感じです。

 

それぞれに、手に入れられた時のエピソードなどを記した文章が添えられています。外国で求められたもの、有名な方から贈られたもの。中には高価なものもあるでしょう。けれど、価格や由緒ではなく、ご自身の審美眼と感性に適ったものだけを選ばれていることが、ウィットに富んだ文章から伝わってきます。なににも迎合しない生き方が、そこにも貫かれているようです。

 

自分の気に入ったものに囲まれ、それらを愛おしみながら丁寧に暮らしてこられた日々の様子が、どのページにも溢れています。そんなご自身の半生を「中身が薄くて粗末で、小さな瓶に入ってしまうほどしかない」と語られ、それがタイトルの由来となったようです。まったくもってご謙遜。そうであるなら、それはあまりに素敵な「瓶の中」です。

 

いつからか、私の心の中に、もう一つ、瓶が現れました。今度は少し底が広くて、口が大きめ。透明です。中にはクリスタルガラスのようなカラフルな欠片が入っています。私の大切なものたち…、人だったり、物だったり、時間だったり、記憶だったり。そうした一つ一つが、赤や黄、青、緑、とりどりになって輝いています。

 

お気に入りのものを見つけると、また一つ、瓶の中にカラカラ。楽しいことがあると、また一つカラカラ。瓶の中は少しずつ増え、輝きを増していきます。

 

そういえば幼い頃、空になったクッキーの缶や箱に、ビーズや千代紙、どこで拾ってきたのか綺麗な石や貝殻を入れては、大事にしまっていたことがあります。ガラクタみたいのものでも、自分にとっては宝物。眺めては、ひとり遊びするのが好きな子供でした。今でもあまり成長していないような(笑)。

 

私には手に入れられないもの、ひとが持っているものばかりが、輝いて見えることがあります。そんな思いに駆られる夜など、この本を開いてみます。パラパラとページを繰っていると、こんな声が聞こえてくるような。

 

あなたの「瓶の中」をよく見てごらん。

 

一人に一つ、心の中に瓶があり、それぞれの彩りと輝きを放っているのかも。ほかの誰でもない、自分の瓶を大切に胸に抱いて暮らしていくこと。それが大事なんだなぁ。そんなことを思うこのごろです。

 

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クロネコヤマトさんのこと

クロネコヤマトさんのこと

「しののめ寺町」の配送はクロネコヤマトさんを利用しています。可愛いクロネコでお馴染みの宅急便。5年半前の開店の折に、親身にお世話いただいて以来のお付き合い。なくてはならない、大切なパートナーです。

 

配達時間の変更や、料金値上げなど、このところ改定が行われたことは、マスコミでも話題になりました。それに伴い、うちでも見直しを行うことに。なかでも値上げは大きな問題。お客様にさらなるご負担をかけるのは心苦しく、うちにとっても影響が懸念されるところです。

 

先月来、都道府県ごとに、クール便と消費税も含めての金額を算出しながら、頭を抱えたり、ため息をついたり。それでも、今回のクロネコさんの思い切った改革には、敢えて拍手を送りたい。そんな思いも少し。ひんしゅくを買うかもしれませんが、正直な気持ちを書いてみようと思います。

 

以前のブログでも書きましたが(ブログお金のこと)、店を始めるまでは「ほぼ専業主婦」だった私。消費者のみの立場でした。日々の買い物は、価値あるものを少しでも安く。余分なサービスがあれば、なお有り難い。要するに得をしたい。ただただ、そう思っていました。店を開いて立場が逆転。売る側になって初めて見えてきたことが、たくさんあります。

 

店を構え、原料を仕入れて製造。店頭で包装、販売。ご希望なら梱包して発送。そうした日々の作業を支える物や体制、サービス…。こんな小さな店ですが、数えてみると、なんとたくさんあることでしょう。

 

どれが欠けても成り立たない「しののめ寺町」。その一つが毎夕、集配に来てくださるクロネコさんの働きです。うだる暑さの日は汗だくで、凍える寒さの日は全身に冷気をまとって。今年の夏は、ゲリラ豪雨というのでしょうか、夕方になると決まって大雨という日が続きました。カッパもなにも、もうびしょ濡れ。そんな日も、こんな日も、どんな日だって、なくてはならないクロネコさん!

 

荷造りしたばかりのおじゃこたちが、台車に取り付けられたクールバッグにしまわれ、集配所へと向かっていく。そのうしろ姿を見送りながら、いつも無事の到着を祈ります。結婚式の引き出物や、誕生日のプレゼントにとご依頼を受けた荷物は、なおさらのこと。

 

ここ京都の真ん中で、夜の6時頃に預けた荷物が、日本中たいていのところには翌日に、早ければ翌朝に届いてしまうシステム。私は汗もかかず、荷物は新鮮に保たれたまま。有り難いことだなぁと思います。

 

ネットで注文したものが、自宅に居ながらにして届くシステムもすっかり定着しました。体が不自由な方、時間がない方にはもちろん、誰にとっても、もちろん私にとっても、便利な時代になりました。

 

まわりを見渡せば、エスカレートする安売り合戦。もろもろ付加されるサービス合戦。あの手この手のアピールが、テレビでチラシで、店の幟で、繰り広げられています。各社、各店、たゆまぬ努力をされていることに驚くばかりです。

 

少し前までは考えられなかったサービスが次々に生まれ、どんどん便利になっていく世の中。新しいサービスが出来た当初は、便利さを実感するも、やがて慣れて当たり前になっていくのが世の常です。

 

もはや、そこに労力や費用が掛かっていることに、気づかなくなってしまっているのでは。効率化していく生活のなかで、それらを陰で支える存在があることを忘れてしまっているのでは。そんな不安も少し。

 

そうした安売り合戦、サービス合戦に疲弊し、中には消えていく会社やお店があるのかも。自分が手に入れた「お得」が、誰かの犠牲と引き換えになっているとしたら。陰で泣いている人がいるとしたら。もはや喜んでばかりはいられません。

 

自分が享受している物やサービスの向こうには、多くの働きがあること。そこに思いを馳せ、応分の対価を払うことを惜しまない消費者でありたい。厳しい経済環境のなか、なかなかに難しいことですが、そんなことを思うこのごろです。

 

クロネコさんの今回の改革は、よりよい労働環境、顧客との関係、いろいろなことを配慮しての英断だったと推察します。送料の見直しについて考える時間は、「しののめ寺町」の有り様を考える貴重な機会となりました。

 

開店から5年半の間に、原材料、包装資材等、もろもろのものが値上がりしてきています。商品の値上げは踏みとどまる一方で、昨年から代引き手数料をお客様にご負担いただくなど、見直しを行ってきているところです。

 

店にとっての宝は、なんといっても「商品」です。商品を守るためには、付随したサービスについては、個々のお客様でご負担いただくのがいいのではないか。お客様の公平性を保つためにも、その方が好ましいのではないか。そう考えてのことです。

 

熟慮の結果、クロネコさんの値上げに伴い、10月1日より送料を改定させていただくことといたしました。小さな店を健全に、長く、経営していくためには、身の丈に合った選択をしていくことが大切だと思い至った次第です。

 

お客様にはご負担なことと存じます。それでも選んでいただける店であれるにはどうしたらいいのか。まだまだ自問の日々ですが、渾身の努力を続けていくつもりでおります。なにとぞご理解のうえ、今後ともよろしくお願い申し上げます。

 

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九条ねぎ おじゃこ

九条ねぎ おじゃこ

秋限定の新商品「九条ねぎおじゃこ」。もう召し上がっていただけましたでしょうか? 九条ねぎのほのかな甘みと香りが、あっさりと炊き上げたじゃこ山椒と、思いのほかマッチしたよう。お蔭様で、大変ご好評いただいております。

 

昨年から始めた季節限定商品の試み。春の「桜」、夏の「梅」、秋の「生湯葉」。そうして今年また二巡目の「桜」「梅」ときて、秋…。「生湯葉おじゃこ、美味しかったわ。今年はいつから?」とのお声もたくさん頂戴していたのですが、繊細な生湯葉のこと、なにぶん手間がかかるため、今季は断念した次第です。申し訳ありません。

 

代わって、今年は「九条ねぎおじゃこ」。上質な九条ねぎの生産、加工で定評のある「こと京都」さん(https://www.kotokyoto.co.jp/)にご協力いただきました。以前のブログで書きましたが、中小企業家同友会(ブログ中小企業家同友会)という会に加入しているのですが、「こと京都」さんも会員であられることから結ばれたご縁です。

 

新商品は、毎回、決まるまでも、決まってからも、プレッシャーなものです。今回の九条ねぎ、とても上質で高価なものを使っております。うまく生かせなければ、九条ねぎにも、「こと京都」さんにも、申し訳ないことになります。

 

九条ねぎとおじゃこなんて、リスクが高過ぎはしないか。緑のおじゃこって、いわゆるインスタ映えする絵だけれど、味が伴わなければ、むしろ軽薄な印象になるのでは。いつも以上に不安でいっぱいでした。

 

果たして受け入れていただけるのかどうか…。販売初日の朝は、いつもドキドキです。店先の黒板に新商品の案内を書き、お味見用のおじゃこを器に入れて、いざ開店。

 

お客様が入ってこられるなり、口を揃えて「九条ねぎおじゃこってどんなの?」と仰るのには驚いてしまいました。「九条ねぎおじゃこ」でなければ通り過ぎておられたかも、と思う方も多数あるような。お味見のあと「おいしい!」のお言葉に、胸を撫でろした次第です。

 

季節限定商品には、毎回、新鮮な発見がありますが(ブログじゃこ桜、ブログ生湯葉おじゃこ)、今回はまた違った手応えを感じています。九条ねぎという斬新さ。鮮やかな緑という見た目のインパクト。不安材料だった部分にこそ、お客様が評価をくださったことです。

 

今や「じゃこ山椒」「ちりめん山椒」といえば、京都のお土産の定番の一つになっているよう。それはうれしいことですが、高級料亭さんからスーパーマーケットまで、どこでも売られる食べ物となりました。

 

たまに街中の商店街やデパ地下を歩いていると、右を見ても「おじゃこ」、左を見ても「おじゃこ」なんてことも。溢れかえるお店と商品のなか、個性を発揮するにはどうしたらいいものか…。雑踏にもまれながら、途方に暮れてしまうことがあります。そんななか生まれた今回の新商品…。

 

「『九条ねぎおじゃこ』って、日本中どこを探してもないんじゃない?」

 

ある日、常連のお客様からかけられた言葉に、思わず拳を握り、レジの下で小さくガッツポーズをした私でありました(笑)。

 

北区の「しののめ」から独立して5年半。伝統を守りつつも、新しい店ならではの個性を築いていきたい。そう願ってきました。個性とは、決して奇抜なことをするのではなく、小さなチャレンジを積み重ねていくことなんじゃないか。プレッシャーやリスクを恐れない勇気を持ち続けることなんじゃないか…。

 

「九条ねぎおじゃこ」はそう教えてくれたように思います。それはとりもなおさず、真摯な姿勢でもの作りを続けておられる「こと京都」さんから学んだことでもありました。

 

この機会にご賞味いただければ幸いです。なお、一度に多くの量を作れませんので、早い時間に売り切れる場合がございます。ご了承の程よろしくお願いします。

 

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人生フルーツ

先月のことになりますが、素敵な映画を観ました。「人生フルーツ」。ご主人90歳、奥様87歳、足して177歳。ある建築家夫婦の日常を追ったドキュメンタリーです。

 

きっかけは知人の勧めでした。ひとの映画の感想ほど当てにならないものはないと思っている私ですが、この方は、私が敬愛してやまない故 佐藤初女さん(ブログ佐藤初女さんのこと4)と懇意にされていた女性。「きっと、なにか感じるものがありますよ」のお言葉に、矢も楯もたまらず、出かけて行ったのでした。

 

津端修一さんは、かつて日本住宅公団のエースとして、数々の都市計画に携わってこられた建築家です。1960年代、風の通り道になる雑木林を残し、自然との共生を目指したニュータウンを計画。けれど、経済優先の時代はそれを許さず、完成したのは理想とはほど遠い、無機質な大規模団地でした。

 

修一さんは、それまでの仕事から距離を置き、自ら手掛けたニュータウンに土地を買い、家を建て、雑木林を育て始めます。

 

自分の手で出来ることは、なんでも自分でやる…。ご夫婦でコツコツと丁寧に暮らしてこられた日々。いつしか庭には、70種類の野菜と50種類の果実が実り、小さいながらも、まるで里山がそこにあるよう。

 

ご夫婦それぞれに、またいろいろな視点から、感じ入る箇所はたくさんありました。が、なかでも私が一番感銘を受けたのは、修一さんの生きる姿勢でした。

 

実績を重ねてこられた働き盛り、新たに渾身の思いで立てた計画が頓挫するという挫折。屈辱感、無力感…、心中を察するに余りあります。が、それについて多くを語られることはありませんでした。

 

代わりに、描いた理想を、自らの家で実践してみる…。つつましくも、遊び心いっぱいの豊かな暮らしが、スクリーンいっぱいに繰り広げられるのを眺めながら、後半生はそういう生き方を選択されたのだと、私なりに理解しました。

 

事の大小を問わず、人生、うまくいくことばかりではありません。時に、どうしてこうも、うまくいかないのかと悲嘆に暮れることも。そんな時、なにかのせいにしたり、誰かを恨んだり、運命を嘆いたり…、なんてしがちなものです。

 

そうしたことを一切せずに、自分の中でしっかりと向き合い、その後の自分の有り様を定め、自分なりに結実していかれた人生。そんな修一さんだからでしょう、90歳にして舞い込んだ仕事は、精神を病む患者さんの病棟の設計でした。依頼者を前に、すぐさまスケッチブックを取り出し、さらさらとラフスケッチをして見せられたというエピソードは、とても印象深いものでした。

 

残念ながら、完成した病棟は、奥様に抱かれた遺影となってご覧になることとなりましたが、庭仕事のあと、昼寝から目覚めることなく旅立たれた90年の人生は、見事としか言いようがありません。

 

自分の人生は、自分でケリをつける。

 

そういうことなんだなぁ、と思いました。

 

修一さん亡きあと、修一さんの生前と変わらぬ暮らしを守り続けておられる妻、英子さん。一人、庭を眺められる顔の大写しで映画は終わります。長い人生を歩んで来られたからこその、えもいわれぬ情感がたたえられた表情。刻まれたしわ、しみは隠しようもありませんが、それすら美しいと思いました。ふと、佐藤初女さんが生前よく口にされた、「透き通る瞬間」(ブログ透き通る瞬間)という言葉が浮かびました。

 

長く生きるほど、人生はより美しくなる

 

映画の中で引用された、建築家、フランク・ロイド・ライトの言葉です。長寿が必ずしも幸せとはならない時代。特に、女性が年齢を重ねることには、とても冷淡な世の中です。確かにそうかもしれないけれど、決してそうではないかもしれない。年齢を重ねていくことの醍醐味を、静かに教えてくれた映画でした。

 

今年も残りわずかとなりました。まずはこの一年にきちんとケリをつけられるよう、年末までしっかりやり切りたいと思います。

 

年内の営業は30日(土)まで。第4木曜日の28日は営業いたします。年末に関しましては必ずご予約をお願いします。

 

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よぅ、がんばらはったなぁ

よぅ、がんばらはったなぁ

今年も残すところあと一日となりました。皆様にとって、どんな一年でしたでしょう。

 

「しののめ寺町」は今年3月、お蔭様で5周年を迎え、節目の年となりました。うれしいことではありますが、一方で、この先を見据えた時、果たしてこのままで続けていけるのか、という不安も。

 

伝統を守りながらも、新しい試み、展開が必要なのではと思うのですが、明確なビジョンがあるわけではありません。それを見定めるために、まずは出来そうなことから挑戦をしてみよう。そう心に決めて、今年はチャレンジの年と位置付けました。

 

昨年末より計画していたことや、外部から舞い込んだお話もあり、チャレンジの年にふさわしい幕開けとなりました。その分、気の重さも大きく、年頭のブログにはただならぬ緊張感が漂います(ブログ月は満ち 欠け また満ちていく)。

 

年明け早々から準備を重ね、ひとつひとつ実現していきましたが、「山椒まよねーず」が好評のうちにスタートしたことは、今年一番の大きな収穫でした(ブログ山椒まよねーず)、

 

春は別れと門出の季節。「しののめ寺町」でも、アルバイトさんが念願の職場に復帰されたり、海外に留学されたり。替わりの募集の貼り紙をするも、人手不足の昨今、功を奏せず。初めて求人広告を出すこととなりました。

 

人を選ぶということの難しさに反省点の多い経験となりましたが、お蔭様で願ってもない方が3人加わってくださることに。歓送迎会では、辞めていかれた方、新しい方、初対面ながら和やかな会となり、「しののめ寺町」のカラーはこんな感じかな。そんなことを思う夜となりました。

 

秋には季節限定の新商品「九条ねぎおじゃこ」の誕生。ちょっとエキセントリック過ぎないかと不安でしたが、思いのほか好評で、「しののめ寺町」の意外に前衛的な一面を垣間見た気がしました(ブログ九条ねぎおじゃこ)。

 

そんな小さなチャレンジを重ねた一年の総仕上げ、12月に入ったある日、一人のご婦人が来店くださいました。店内を見回し、「山椒まよねーず」や「九条ねぎおじゃこ」など、ひとつひとつにとても驚いて反応される様は、見ている私まで楽しくなるほどでした。「開店して何年になる?」と聞かれ、「5年が過ぎました」と答えると、こんな言葉を掛けてくださいました。

 

「よぅ、がんばらはったなぁ」

 

とても不思議なのですが、初めて聞いた言葉のように思えました。はんなりとした京都弁。時に、本心がわからないと揶揄(やゆ)されることもありますが、その言葉にはとても強い力がこもっているように感じました。

 

もちろん店に対して掛けてくださった言葉。辞めていかれたアルバイトさんはじめ、家族、仕入れ業者さん、店に関わってくださっているすべての方に対しての言葉だったのだと思います。が、ずど~んと心に響いたこの言葉、不遜ながら、私の労をねぎらってくださっているように思えました。

 

開店まもなく以来、今回が二度目のご来店とのこと。確かに開店当初は店内の設えも殺風景で、じゃこ山椒と塩昆布が並ぶばかり。5年後にこうした新しい商品が並ぶなどとは、想像もしないことでした。その変化を見ての、先の言葉だったようです。

 

これまでも「がんばってるねぇ」と声を掛けていただくことはよくありました。有り難いことなのですが、正直のところ、そのたびに歯がゆい思いをしていました。私にとって「がんばっている」というのは、結果を出して初めて口にできる言葉。その言葉にふさわしい自分ではまだないのだ、という思いが常にあるのです。

 

今回の「よぅ、がんばらはったなぁ」という言葉には、まだ通過点であっても、ここまでのがんばりを認めてもいいんだよ、そんなメッセージが込められているような。

 

いつも前ばかりを見て、立ち止まることが苦手な私。そういう視点でものを考えたことがありませんでした。初めて聞いた言葉のように思えたのは、そのせいだったのでしょう。目からうろこ。ふっと肩の力が抜けた思いでした。

 

最後に、さらなる明るい未来を予言して帰って行かれた、このお客様。そのうしろ姿を見送りながら、もしや神様からの使者だったのかも、なんて思ったり。

 

チャレンジの年と位置付けたこの一年。うまくいったこともあれば、さっぱりいかなかったこともあり。それでも、そのひとつひとつが、貴重なヒントを与えてくれたことは確かです。今も耳に残る、あの言葉。今日は、自分で自分に掛けてやろうと思います。

 

「よぅ、がんばらはったなぁ」

 

 この一年、本当にお世話になりました。新年は1月6日(土)より営業いたします。来年もご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。皆様、良いお年をお迎えください。

 

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