佐藤初女さんのこと 2

佐藤初女さんのこと

晴天続きに猛暑と、今年の梅雨ははおかしな具合ですが、6月のこの季節になると浮かぶ光景があります。

 

佐藤初女さんという女性をご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。2012年3月29日のブログ佐藤初女さんのことでも書きましたが、青森県弘前市、岩木山の麓で「森のイスキア」という宿泊施設を主宰されている方です。「食は命」の信念のもと、90歳を越えた今も、心尽くしの手料理で、全国あるいは各国からのお客様をもてなされています。 多くの出版物が出ていますので、興味のある方は一冊読んでみられることをお勧めします。

 

食べることが楽しみと仰る方は多いと思います。反面、食事は体調や精神状態の変化で大きく左右されるものです。食欲は健康のバロメーター。楽しい食事は美味しく感じ、気詰まりな食事は砂を噛むよう。悩みがあると食事も喉を通らない、とはよく言ったものです。

 

私は殊に過敏に反応するタイプなのか、食べることがとても負担になることがあります。体と心と食事が密接につながっていることを強く実感します。そんな私は、どうしても一度、初女さんの手料理を食べてみたくなり、当時はまだ運行していた寝台特急日本海 に乗って一人出かけていきました (2012年3月18日のブログさよなら、寝台特急 日本海)。それが4年前の6月です。

 

全国各地からの宿泊者が10人くらい。初女さんも一緒に大きな卓袱台を囲んでの夕食。皆、状況は様々ながら、どこか共通したものがあるのでしょう、たちまち打ち解け、修学旅行のような楽しさでした。その夜は、ふすまを取っ払ってふとんを並べ就寝しました。

 

翌朝、階下から聞こえる鍋や包丁の音で目覚めました。とても懐かしい感覚です。近くの森を散歩して帰ってくると、卓袱台にはとりどりのおかずが並べられていました。

 

初女さんの「感謝していただきましょう」の言葉で始まった食事、それはそれは美味しい朝ごはんでした。初女さんが話してくださる南瓜の炊き方、焼き魚をのせた葉っぱの名前…。皆、笑顔です。けれど、別れの時間が迫っていることもわかっています。楽しければ楽しいほど、切ない思いがこみ上げます。会話がふと途絶え、鳥のさえずりが部屋に広がります。

 

私は食べ終わってしまうのがもったいなくて、一口一口、ゆっくり噛みしめながら食べました。味わい味わい食べました。このまま、ずっと、こうしていたい。そう思ったことを覚えています。旅先の朝食は多過ぎて残してしまうのが常ですが、この日は気づけば完食。一番驚いたのは私自身でした。うれしくて、「全部食べられました!」と隣に座る初女さんに告げると、にこやかに頷いてくださいました。

 

この日の朝ごはんで、私は一生分の生きる力を授かったような気がしています。そんな大げさなと思われるかもしれませんが、本当です。食の力の深さを身をもって知った旅でした。

 

このときは思ってもみないことでしたが、今、私も食にかかわる仕事に携わるようになりました。日々、尊さと畏れを感じています。この日の朝ごはんで授かった力を糧に、これからもやっていきたいと思います。