宮古島 農家民宿 津嘉山荘

津嘉山荘 ちよさん

厳しい寒さが続きます。2月のこの時期になると蘇る思い出があります。3年前のちょうど今頃、沖縄の宮古島へ一人旅をしました。「しののめ寺町」開店の一年前、そんなことになるとは想像だにしていなかった時です。

 

真冬に? 一人で? なんで宮古島?

 

ユタに会いに…。

 

これまでにも増して驚かれたでしょうか。ユタというのは女性のシャーマン(民間霊媒師)で、沖縄では生活に根差した存在です。当時、まわりからはいつも元気そうやねと言われながら、心の中は閉塞感でいっぱいいっぱいだった私。ただ誰かにそっと背中を押してほしかった。それがユタ…というのは、やっぱり変わっているかもしれません(笑)。

 

宮古島はスピリチュアルな島といわれています。どこもかしこも絵になる風景で、出会った方々は誰も彼もユニーク、摩訶不思議なエピソードが満載の不思議な旅でした。私に才能があれば、まちがいなく一本の映画が作れたと思います。

 

生憎その才能を持ち合わせていない私は、いらぬ誤解をされるのも怖く、うまく表現できないまま、ひとり心の中であたためてきました。どこまでお伝えできるか自信はありませんが、そろそろ表現してみようと思うようになりました。まずはお宿から…。

 

宿泊先をインターネットで検索していて見つけたのが、「農家民宿 津嘉山荘」。宮古島はトライアスロンが行われる土地で、選手のあいだでは有名なお宿のようです。アットホームな雰囲気、心づくしの手料理、そして名物おかみ千代さんの圧倒的存在感! 豪華なリゾートホテルも気楽なビジネスホテルも適わない魅力に、即決しました。

 

千代さんとの出会いは衝撃的でした。 出会ってわずかばかりの会話を交わしただけの私を、突然がばと抱きしめてくださったんです。しかも目に涙を浮かべて。なにが起こったかわからないくらい驚きました。そのころ泣くこともなくなって久しかった私ですが、思わず泣いてしまいました。

 

これが会ってほんの数分後のこと。心が触れ合うって、こういうことなんだと思いました。

 

朝夕の食事時、宿泊客は母屋の広間に集まります。部屋には仏壇や神棚、ご先祖の写真が飾られています。大きなお膳を囲むと、知らない同士もたちまち打ち解け、旧知の友人か親戚のよう。しばしば箸が止まるほど話が盛り上がり、笑い声が上がります。ひときわ大きな笑い声が千代さん。

 

供されるのは、千代さんのご主人が育てられた野菜を使った手料理の数々です。カリフラワー、ニラ、トマト…、どの野菜も力強い。ウミブドウ、ゆし豆腐、ゴーヤーチャンプルー…、ひとつひとつの料理がエネルギーに満ちている。そして名物は千代さんが農林水産大臣賞を受賞したというラフテー(豚バラの角煮)。柔らかくって、それはそれは美味しかった。

 

京都に帰る日の朝食後、誰もいなくなった広間で千代さんと二人きり、ゆっくり過ごす時間を持てました。千代さんはご自身の波乱万丈の人生を重ね合わせながら、いろいろな話をしてくれました。そして言いました。力を込めて、何度も、何度も。

 

「先のことはわからないよ。先のことはわからない」

 

先にはきっといいことがあるよ、きっとある。そう言ってくれているように聞こえました。千代さんが言うんだからそうかもしれない、その言葉をお土産に帰ってきました。気づけば思いもよらなかった「しののめ寺町」開店という事態に。千代さんの言葉の通りでした。

 

このブログで以前、青森の佐藤初女さんのことを書きました(佐藤初女さんのこと佐藤初女さんのこと2)。ふるさとがないと嘆いている私ですが(ふるさと)、北には初女さんの「森のイスキア」が、南には千代さんの「農家民宿 津嘉山荘」が、素晴らしいふるさとがふたつもありました。中間の京都で暮らしながら、左右の両手をしっかり握られ、支えられているようです。

 

今につながる予言的な言葉や力をたくさん授かった旅でした。まだまだ途上、その意味を理解するには時間がかかりそうです。折り合いのついたことから少しずつお伝えしていけたらと思います。